国立大学法人筑波技術大学 筑波技術大学は視覚障害者・聴覚障害者のための大学です。

研究・産学連携

vol.5:視覚障害者の学習における手書きの有効性とその脳メカニズム―人は手を動かして記憶する―(2024.1.1)

 本研究は、手書きによる筆記行動が成人の中途視覚障害者の学習に有効であることを実証することを目的に行いました。研究のきっかけは、50代で視力は光覚の方が「記憶のために」と、ペンで文字を繰り返して書いている姿を観たことによります。

 視覚障害者の情報保障に関する研究・開発は、目覚ましい進歩を続けています。文字や画面を読み上げる機能を搭載した音声パソコンを筆頭に、支援機器の普及は、情報の獲得を進展させています。しかし、例えば会議や授業の場面を考えてみますと、キーボード入力で会議メモを作成する、授業ノートを作成する人は稀です。殊に、成人になってから重度の視覚障害になられた方、いわゆる中途視覚障害者が専門的な授業を受ける際、音声パソコンを用いてキーボード入力でノートを作成するのは容易ではありません。記録・記憶の手段は録音で、聞く学習が主になります。

 研究では、二つの行動実験と脳機能計測(機能的磁気共鳴画像;fMRI)を用いて、手書きの記憶に対する有効性の神経基盤を明らかにしようと試みました。

(1)行動実験1

 重度の中途視覚障害者26名を対象とし、事前知識のない医学英単語20語の課題を2セット用意し、2週間間隔で、読みと和訳の録音を3回聴いて憶える学習Aと、書字を併用する学習Bを行いました。各学習終了後、20語をランダムに提示して和訳を口答する短期記憶と、1週間後の長期記憶を評価しました。手書きはペン筆記を用いました。

 その結果、学習直後の平均正答率は、学習Aが64.8%、学習Bが40.6%で、学習Aの成績が有意に高かったのでした(p<0.05)。また、1週間後の平均正答率は、学習Aが36.0%、学習Bが29.2%で、学習Aが28.8%、学習Bが11.4%の低下を示しました。学習直後の正答数を100とした時、1週間後の成績は、学習Aで64.4%まで落ち、短期記憶時と比較して有意に低く(p<0.05)、学習Bは80.0%であり、有意差はありませんでした(図1)。

図1 手書きの有無が学習効果に与える影響図1 手書きの有無が学習効果に与える影響

(2)行動実験2とfMRI撮像

 重度の中途視覚障害者12名、晴眼者18名を対象とし、アイヌ語とフィンランド語各10語で構成した課題を2セット用意し、読みと和訳の録音を3回聴いた直後、20語をランダムに提示して和訳を口答する実験を行いました。正答率が50%を超えたらfMRIスキャナに移り、同じ課題で記憶と評価、撮像を行い、解析しました。1週間後、口答で長期記憶を評価しました。2回目の実験は1ヶ月後としました。手書きは空書を用い、実験の順序は、記憶の際に日常行う行動を1回目とし、そうでないものを2回目としました。

 その結果、視覚障害者、晴眼者両群とも、1回目の成績が2回目に比べ有意に高く(両群とも:p<0.001)、特に、視覚障害者群では、1回目・2回目とも、手書きによる学習の成績が手書きなしの場合に比べて有意に高いことが示されました(p<0.001)(図2)。fMRI解析では、視覚障害者群で、エクスナーの書字中枢として知られる部分(図3)と左海馬が、機能的な結合をして新しい単語を学習することが示され、その単語の音と意味が、左海馬と左前頭側頭言語野の活性化パターンに反映されました。

 ダイバーシティは、成熟した共生社会の条件であり、性差だけでなく、障害の問題も含まれています。そして、同じ障害でも程度による違いが存在します。視覚障害にも、いわゆる全盲や弱視といった程度の差があります。しかし、ひと口に全盲といっても、皆が点字で読み書きできるわけではありません。特に人生の半ばで視覚障害になられた方々のコミュニケーションや学習の方法は限られる傾向にあります。

 墨字(普通文字)を身につけた重度の中途視覚障害の方々が、たとえ書いた文字が見えなくとも手で書くことで、長期的な記憶が残りやすいことがわかりました。短期的な記憶は、音声による学習だけの成績や、視覚に障害がない晴眼者の成績との間に大きな違いはありませんでした。学習の四要素は、「読む・書く・聞く・話す」と言われますが、たとえ見えていなくても、自らの手で「書くこと」は、人が何かを憶える上で有効と考えられます。

図2 1週間後の正答率

図2 1週間後の正答率

図3 エクスナーの部位

図3 エクスナーの部位


謝辞:本研究の一部は、平成26年度科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金)基盤研究(C)(26381350)の補助により、国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局理療教育・就労支援部理療教育課及び同研究所脳機能系障害研究部の関係の先生方の御協力を得ました。


参考・引用文献

1) 加藤麦,池田和久,伊藤和之. 視覚障害者の筆記行動が学習効果に与える影響. 日本特殊教育学会第54回大会論文集. 2016
2) Tomomi Mizuochi-Endo, Kazuyuki Itou, Michiru Makuuchi, Baku Kato, Kazuhisa Ikeda and Kimihiro Nakamura. Graphomotor memory in Exner's area enhances word learning in the blind. Communications biology. 2021: Open Access https://www.nature.com/articles/s42003-021-01971-z.

(障害者高等教育研究支援センター 教授 伊藤 和之/2024年1月1日)