朝日小学生新聞2026年3月12日付4面 SDGsがわかる ともにいきる 見出し:コミュニケーションのなやみ 共有で前進 (前文)  筑波技術大学や大学院から旅立った後、若い世代に教える立場として母校にもどってきた人たちがいます。卒業生であり先生でもある4人に、学生たちを取りまく社会の変化や、子どもたちへの思いを聞きました。 (本文)  日々の生活や専門的な勉強といったさまざまな場面で、例えば手話や字幕、点字や音声で、だれもが必要な情報を手に入れられるようにすることを「情報保障」といいます。筑波技術大学は、目や耳に障がいがあっても、勉強や研究に打ちこめる環境を整えています。 小見出し:受け止める場 作る側に  小さいころから物づくりが好きだった産業技術学部助教の辻田容希(つじた よしき)さんは、大学は理系で進もうと考えたとき「専門的な言葉や実験もある中で、一般の大学では耳がきこえないときちんと学べるか不安でした」といいます。筑波技術大学で機械工学を学び、放電を使った加工技術の研究者となりました。  保健科学部助教の松尾政輝(まつお まさき)さんは生まれつき全盲で、子どものとき外で自由に遊ぶのは難しいものの、ゲームだと障がいのない友だちとも遊べました。音や触覚などを使って、障がいに関わらず遊べるゲームをもっと増やしたいと、プログラミングなどを学ぼうと思いました。授業や勉強に必要なサポートや機器を、障がいに合わせて用意できるこの大学なら「自分のやりたいことに集中できる」と進学を決めました。  筑波技術大学の大学や大学院で専門的に学んで社会人になった後、今度は教える立場でもどってきたのはどうしてでしょうか。  産業技術学部助教の北橋主税(きたはし ちから)さんは「企業で9年間、働いていた経験を若い人たちにも伝えたい」と、大学で教える道を選びました。企業では障がいに関係なくチャンスがあり、成果も求められ、やりがいがある一方、きこえないことでコミュニケーションになやむこともあったといいます。  20代で視覚障がいになり「ものすごい失意をかかえていた」という保健科学部助教の松田えりか(まつだ えりか)さん。筑波技術大学の大学院で先生や友だちと出会ったことが、転機になりました。「近い障がいをもつ人たちが集まる場は、自分を受けとめてくれるかけがえのない場でした。自分も、学生たちにとってそういった場を作る立場になりたいと思いました」 小見出し:頭と心の両方で理解を  ちがいを認め合い、ともに生きる「インクルーシブ社会」。実現に向けて、障がいのある人たちを取りまく環境は変化しています。  松尾さんは「パソコンやスマートフォンに支援ソフトが最初から入っているなど、社会の理解や技術は進んでいます。学生の進路も広がっている」といいます。  障がいのある人もない人も一緒に働いたり、関わったりする場が増えたことで「自分の障がいがどんなものか、どんな助けが必要かを周りに伝えていく力がより求められている」と辻田さん。北橋さんも「コミュニケーションのなやみは今の時代もつきない。学生には、こまりごとを共有する大切さを伝えています」といいます。  「こまっている人は助けなきゃと、みんな頭ではわかってきている」と松田さん。「でも、実際に目の前にいたときに声をかけられない人もまだ多い。頭と心の両方で、理解してほしいなと思います」 小見出し:子どもたちへのメッセージ 北橋さん  障がいや国籍など、自分とはちがう特徴を持った人との出会いやその記憶は、成長のきっかけになる。建築やデザインでもそうですが、物事の見方を決めつけずに、いろんな発想を持つことで、新しいものが生まれることも知ってほしいです。 辻田さん  海外の聴覚障がい者と交流したとき、すぐには言葉が伝わらなかったんです。でも身ぶり手ぶりや筆談を使って、伝わるようになりました。みなさんも、相手を尊重する気持ちを大切に、いろんなコミュニケーションにチャレンジしてください。 松尾さん  障がい者というと「これはできない」と思いこみがちだけれど、こまりごとは人それぞれ。気にせず接し、こまっている時は手伝ったらいい。時には自分を助けてくれるかも。私もゲームで強いキャラクターを育てて、友だちにあげていましたし(笑い) 松田さん  人と人のきずなは、かげがえのないものです。私たちは人とのつながりあるから、人のために一生懸命になれたり、困難を乗りこえられたり、感謝を知ったりします。出会いを大切にして、理解し合ったり、助け合ったりしてほしいと思います。 本文ここまで 以下、写真の説明 産業術学部 先端機械工学コースの授業で教える辻田さん(奥) 建築学コースの授業で教える北橋さん(中央) 授業の写真はどれも筑波技術大学提供 保健科学部 情報システム学科の授業で教える松尾さん(左) 鍼灸学専攻の授業で教える松田さん(左)