朝日小学生新聞 2025年12月11日付4面 SDGsがわかる ともにいきる 本文ここから 私たちが勉強したり、物語を楽しんだりするのに欠かせない本。目がみえない、みえにくい人たちは点字で本を読むことが多くあります。点字でより専門的な内容を学べる機会をつくろうと、筑波技術大学などが去年、宇宙と物質についての本を作りました。(奥苑貴世) 宇宙や地球、生命はどのように生まれたのだろう?私たちはどうしてここに存在するのだろう?だれもが不思議に感じることがあるのではないでしょうか。 宇宙と物質のなぞや最新の研究をまとめた本を、国の研究機関と筑波技術大学が力を合わせて点字で作りました。タイトルは『宇宙と物質の起源「見えない世界」を理解する』。点字ではめずらしい、宇宙の専門書です。 紙に印刷された文字を、点字に対して「墨字」と呼びます。点字の本は、すでに出版されている墨字の本をもとに、点訳してつくられることがほとんどです。 自然科学に関する本は、点訳に専門的な知識が必要です。また、点字にするのが難しい図や表、グラフなども多くふくまれています。そのため文学や人文科学分野に比べて、点字の本が作られる数が少なくなっています。 そういった点訳をめぐる状況をふまえ、視覚障がいのある人たちが学ぶ機会をより広げたいと、この本が作られました。点字と墨字の両方で、同じタイトルと内容で出版することを考え、制作したことが特徴です。 原稿を書いたり、編集したりするときから、点字で読む人たちの意見を採り入れました。研究者たちが書いた原稿を、宇宙論などの研究機関である高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所(茨城県つくば市)が編集。筑波技術大学障害者高等教育研究支援センターのチームが点訳したり、よりわかりやすくしたりしました。 チームの一人、准教授の田中仁(たなか・ひとし)さんは、数学者であり、全盲です。墨字を点字にするとき、とくに難しいのは図やグラフを凹凸で表す「触図」だといいます。 例えば、粒子(つぶ)が回転する方向を示した図では、墨字と触図で表現を変えました。墨字では、粒子をななめ上から見て、奥から手前に回転している、立体的な図がえがかれています。一方触図では、粒子を真上から平面的にとらえ、ページの上から下へ回転方向を示しています。 田中さんは「点字を使う人たちには立体的な図は伝わりにくい。ななめから見るというのは、目でみる人たちの感覚だからです。みえない人のための触図では、平面的にえがいた方が理解しやすくなります」と話します。 点字の本では、図やグラフをほとんど省略しないようにしました。ひとつひとつ触図で再現するのは簡単ではありませんでしたが「たくさん作って、表現力を高めていくチャレンジが重要です」と田中さん。「みえる、みえないをこえて、点字表現の可能性を広く知ってほしい」といいます。 完成した本は、墨字では1冊の本で講談社から出版されています。点字版は、漢字をすべてかなにして書くことや、凹凸で紙に厚みが出ることから、本文6冊と触図をまとめた1冊の計7冊となりました。点訳と触図のデータはKEKや筑波技術大学などのデータシステム上で、無料で公開されています。 本文ここまで 写真の説明:点字の本『宇宙と物質の起源「見えない世界」を理解する』を読む田中仁さん 写真の説明:点字で表した周期表。粒子の回転を表した触図。粒子(図の球)のなかに凹凸をつけ、さわると回転方向がわかるようになっています。 (コラム) 視覚障がいのある学生たちが学ぶ筑波技術大学春日キャンパスにある図書館には、点字の本が並んでいます。 座って本を読んだり勉強をしたりするスペースには、目がみえにくい人たちが使う拡大読書器などがそなえられています。カウンターには、へりに安全のためクッションがついて、点字のカレンダーや呼び出しチャイムがあります。 点字の本が並ぶ本棚、呼び出しチャイムなどがあるカウンター、拡大読書器 写真はどれも10月、茨城県つくば市 筑波技術大学 日本でただ一つの、視覚障がい者・聴覚障がい者のための4年制国立大学。1学年約90人で、目がみえない・みえにくい学生が学ぶ保健科学部、耳がきこえない・きこえにくい学生が学ぶ産業技術学部のほか、2025年度に新しくできた共生社会創成学部は、視覚障がい・聴覚障がい両方のコースがあり、それぞれの障がいがある学生がいっしょに学ぶ授業があります。