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tsukuba-tech.学長日誌

2008年7月30日 水曜日 ・ 全学FD(金沢工業大学の教育改革について)

【NHKロボットコンテスト】や全日本学生ソーラーカーなどで常に上位に入賞することで一般にも金沢工業大学は有名である。実は、全国の学長の投票による「大学ランキング」(朝日新聞社)の教育分野でも4年連続第1位となっている。研究分野を合わせた総合ランキングでも第2位である(第1位は京都大、第3位は東京大)。私立大学の47%が定員割れし大学経営の危機にある現在の状況を早くから見越して、16年前から教育改革に取り組んだ成果がこのような形で実っている。

【金沢工業大学】はなぜ活気があるのか、どのような教育改革の道を歩んできたのか、教務部長として陣頭指揮を執られている佐藤恵一教授を全学FDの講師としてお招きし実情を聴いた。私立大学では専任の教員が少なく非常勤講師が多いのが普通のようであるが、金沢工業大学では非常勤講師で授業を行わない。7,343名の学生を340名の専任教員で教えているという学生対教員比は立派なものである。
筑波技術大学をこれに比べてみると、現在、学生定員360名に対し124名の教員がいる。単純に本学の教員数を現状のままだとすると、2,678名の学生を受入れることになる。あるいは、本学の学生数を現状のままだとすると、17名弱の教員で授業を行うことを意味する。本学の教員数を今より100名以上も減らした状態で、金沢工業大学はあのような評価の高い教育研究の実績を上げていることに改めて驚かされる。払った授業料以上の勉強をする学生と、俸給以上の働きをする教職員が生き生きとしたキャンパスを創っていることを知らされた。

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2008年7月26日 土曜日 ・ 保健科学部オープンキャンパス

【春日キャンパス】の今年のオープンキャンパスは3回予定されている。本日はその第1回目が開催された。開会の挨拶で「教授陣の専門性、学生一人ひとりに対する学習支援、施設設備において日本一のこのキャンパスでぜひ学んでほしい」と参加者に訴えた。
今年度実施される保健科学部の入試には大幅な変更がある。@推薦選抜の募集人員を増やしたこと A大学入試センター試験を2教科(2科目)に減らしたこと B個別学力検査の国語の代わりに小論文としたこと、である。

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2008年7月22日 火曜日 ・ 鹿児島聾学校研修会に「遠隔講演」を提供

【鹿児島聾学校】では校内研修会のテーマとして「人工内耳」がとりあげられ、私に講演が依頼された。ちょうど石原保志教授を中心に実践研究が進められている「離島僻地の聴覚障害教育支援プロジェクト」事業があるので、今回はその一環として本学の遠隔情報保障システムを活用した「遠隔講演会」の形式をとることになった。講師である私自身が現地に赴かず、本学のスタジオにいながら講演できる。「聾教育と人工内耳」の演題で、一般の教室で受け入れるべき人工内耳装用児と聾学校だからこそ受け入れることが適切な人工内耳装用児についてなど、私が最近考えていることを話した。

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2008年7月20日 日曜日 ・ 保護者懇談会(仮称:筑波技大・親の会の準備会)

【ピアレンツ・モンスター】などと悪口される親も出現する現今の教育界では、もはやPTAも不要だとする意見も多く、実際にPTAを無くしてしまった学校もある。そのような風潮に逆らって、私は「筑波技大にこそ、大学版"PTAのような"組織を」と提案している。親同士、卒業生の親と現学生の親との、教職員と保護者とのコミュニケーションが十分でない。本学の親御さんたちは誰もが様々な障害を克服しながら力強く我が子を支援してきた子育ての専門家、障害教育のベテランである。私自身が、聴覚障害教育を已めずに44年間に亘り続けてこられたのは、障害児を持つ親に教えられ育てられたからだと、つくづくそう想う。大学も学生の親から学ぶべきことが多いはずである。

【保護者懇談会】を先ずは聴覚障害系の有志の親に呼びかけ「筑波技大親の会(仮称)を創る意義はあるか」について懇談してもらった。本学の保護者は九州から沖縄まで全国区の広がりがある。本日の懇談会には東京地区からだけでなく、埼玉、千葉、山梨、大阪、福岡などから15名の卒業生と現役の父母が馳せ参じた。

【モンスター親の会】のようなプレッシャー団体になるのではなく、大学や学生の応援団になろうという方向で活発な議論がなされた。次のステップとして、今年の第3回大学人会の開催日程に合わせ「拡大懇談会」を予定することとなった。大学側からは産業技術学部の北川・学部長と睦名・聴覚障害系学生支援課長も出席した。親の活動が軌道に乗るまで大学としてもお手伝いをし、当分の間、都内在住の丸谷俊博氏(在学生の親)がネットワーク作りのまとめ役を務めることとなった。
今回の懇談会に先立って「アンケート調査」(学生生活環境、特に寄宿舎についての親の意見、教育方法や教育環境についての親の意見など)が実施された。全国各地の保護者から107通の回答が寄せられ、その結果が丸谷氏から報告された。教職員にとっては耳の痛い指摘もあったが、学生を本学に送り出した親だからこそ気が付く貴重な提案も多い。担任教員や学生対応の職員等に是非一度目を通してもらいたい内容である。

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2008年7月18日 金曜日 ・ 第3回目「親の会向けオープンキャンパス」終了

【難聴児の親の会】の全国各地域の代表等をお招きし本学の実情を理解してもらうために企画した「親の会向けオープンキャンパス」の第3回目が昨日から1泊2日のプログラムで開催された。今回は岩手県、福島県、神奈川県、富山県、広島県、佐賀県、沖縄県から参加いただいた。「このような大学があることは知っていたが、実際に施設設備や授業を見学し認識を改めた」という感想が多かった。私が「なぜ障害者のための国立大学が我が国には一つしかないのか、なぜ聴覚障害関係学科には文系がないのか」等について解説した後、活発な質疑応答があった。関係者からいつも訊ねられる大学院設置や教員免許が取れるカリキュラムの強い要望などを受け、今後の展望についても話した。

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2008年7月16日 水曜日 ・ 菅原廣一記念「望羊文庫」

望羊文庫

【補聴相談・聴覚実験室】は、本学における教育オーディオロジー実践の本拠である。私が20年前に設計案を作り、当時としては斬新なアイディアを取り入れた無響室が完成した。学生や外来補聴相談者の聴覚管理と補聴器フィッティングに使われるだけでなく、来学者の見学コースの一つとして人気があり評判が高かった。私が学長職に就いた後は、中瀬浩一先生が引き継ぎ、更に現在は佐藤正幸先生がこの部屋の主である。ここに、故・菅原廣一先生を記念する図書資料が集められている。私が銘版に次のような解説を入れた。


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2008年7月14日 月曜日 ・ 生糸の会(障害のある夫をもつ妻のネットワーク)

【山口利勝先生】は聴覚に障害のある大学教員である。「中途失聴者と難聴者の世界―見かけは健常者、気づかれない障害者」(一橋出版)などの著作があり、聴覚障害者の心理社会的発達を主な研究テーマとして活躍している。第一福祉大学の職を辞した後しばらく浪人生活を余儀なくされていたが、今年4月から新設の山口福祉文化大学の准教授に就くことができた。高校時代に難聴になり、大学卒業後は大手自動車メーカーに勤務したが退職することになる。1994年には広島大学大学院教育学研究科教育心理学専攻博士課程に入学し、1999年に修了して心理学の博士号を取得した。 この頃、私は広島大学で聴覚障害学の集中講義を毎年担当しており、論文の助言などを通じてお付き合いが始まったわけである。

【上京の機会があり】私のところに奥様を連れて挨拶に来られた。これまでの奥様の苦労などを推察しながら近況をお聞きするなかで、「生糸の会」という「障害のある夫をもつ妻のネットワーク」があることを寡聞にして初めて知った。手話・指点字通訳者の光成沢美さんが中心となって2004年からは月例の会も持たれているという。光成沢美さんの夫は盲ろう者の福島 智 東大准教授である。目と耳に障害をもつ夫君は、通訳者が手のひらを重ねて指に点字を打つ「指点字」を通して人と会話をする。結婚前も大勢のボランティアの助けを借りながら仕事と自立生活をしていた。当然のこと光成さんも福島先生も専門職業人である。しかし光成さんが福島先生の「妻」になると、光成さんが夫に対して行う通訳や介助は「あたりまえ」で、しなければ「奥さんがいるのにどうして?」という反応に遭遇する無力感に陥ったという。こうした経験を持つ同士が集まり勉強を重ねる会として「生糸の会」が生まれた。

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2008年7月12日 土曜日 ・ 熊本聾学校で大学説明と講演の会

【大学ミニ説明会】は、全国各地から要請があれば本学のスタッフが出張して出向き、聾学校等からの希望があれば研修会や出前授業などのお手伝いもさせていただく制度である。熊本聾学校の平川貞俊校長から「校内で公開授業研修会を開催するので、併せて大学説明会を当日のプログラムの中に入れて企画したい」と学生支援課に申し出があった。その話しを受け即座に私自身が大学説明と講演に出張しますよと応え、今日の熊本行きとなった次第である。
平川校長が30代の若かりし教員時代、国内留学で熊本県から横浜国立大学に派遣された。その頃、私は特総研に勤めていたが、横国大で聴覚障害学の講義も担当しており、平川先生は私の授業を熱心に受けてくれた学生の一人であった。その彼が熊本聾学校の校長になり、昨年度の第41回全日本聾教育研究大会の会長を務めたわけである。

【公開授業研修会】と私の大学説明講演会「聴覚障害児の育ち方、学び方、生き方」には、熊本県下だけでなく鹿児島県、佐賀県、宮崎県などからも参加者が多く、予定していた会議室には入りきれなくなり体育館が会場になった。梅雨が明け猛暑の一日である。280名の参加者が冷房のない体育館で私の話しを聴いてくれた。お隣にある熊本県立盲学校の大塚幸裕教頭先生、熊本県聴覚障害児(者)親の会の植田修二会長さん、熊本県聴覚障害者情報提供センターの小野康二氏などもお見えになり、朝日新聞熊本総局の中島健記者の取材を受けた。平川校長の手配で会場至る所に用意された扇風機と氷柱が暑さを和らげるのに良く効いていた。

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2008年7月10日 木曜日 ・ 第1回SDを開催

【SD】(スタッフ・ディベロプメント)は大学の事務系職員が大学人としての資質を高めるための研修である。今年度は「SD支援調整担当」の特命学長補佐に石田久之教授を指名してある。記念すべき第1回目のSDが、春日キャンパスで開催された。日本福祉大学の障害学生支援センターで活躍する笹美穂氏の講演を聴いた。大学の事務室に勤めて未だ2年という比較的短い経験にもかかわらず、障害学生支援の実践に精通し意欲的に取り組む姿勢に感服した。少人数のスタッフで最大の効果を挙げようとする私立大学の真剣さが伝わってくる。石田・特命学長補佐が本学の聴覚障害系支援課と視覚障害系支援課の職員に対して行った「学生対応状況調査」の結果が報告された。職員が学生の障害理解に努め学生とコミュニケーションしようとする意欲を持っていることが分かる。学内にいる専門家との話し合いや授業見学など、今後のSD研修プログラムの展開に期待したい。

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2008年7月9日 水曜日 ・ 本日の来客から聴いた言葉

今日、学長室を訪ねていただいた来客との懇談で、印象に残った言葉。

【オロニー大学のナンシー先生】オロニー・コミュニティーカレッジの聾センターで聴覚障害学生に対する語学教育を。『ここで英語力とASL力をしっかり身につけてから、他大学に進学し専門領域の勉強に向かうアジア各国からの聾・難聴留学生が多いです』

【プロのボディーボーダー甲地由美恵さん】世界ランキング12位、日本人最高位の記録を持つ。2歳の時、両耳の聴力を失い補聴器の装用を開始、現在リオネット補聴器とスポンサー契約を結び、全国で講演を展開。今日は、本学の及川力教授の授業の一環として学生に講演。『メンタル・ヘルス・トレーナーの勉強にも挑戦しています。クライアントの話を聴くことが出来ないと勤まらない仕事に、あえてチャレンジします』

JICAの招きで来たマレーシアの聴覚障害教育関係者と

【マレーシアからのJICA研修生】特総研の横尾先生に伴われてマレーシアの3名の聴覚障害教育の先生と懇談。Why hearing and visually impaired students need a university of their own? 何故、(他の障害のための大学をつくるより先に)聴覚・視覚障害者のため大学がつくられなければならないのですか?という質問があり、私の考えを述べた後、『マレーシアに障害者のための大学が創れるとしたら、先ず聴覚障害者の受入れから始めたいと思います』
(写真:JICAの招きによる研修の一環で本学に来学したマレーシアの聴覚障害教育関係者と)

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2008年7月7日 月曜日 ・ 視覚障害者・聴覚障害者のためのコミュニケーション支援事業に関する合同作業委員会

【独立行政法人福祉医療機構】(高齢者・障害者福祉基金)助成事業「視覚・聴覚障害者のためのコミュニケーション支援事業のモデル的な実験構築を含む総合情報・コミュニケーションネットワークのあり方検討事業」の活動が昨年度に引き続き展開されている。今年度第1回目の作業委員会が本学を会場に開催された。視覚障害関係と聴覚障害関係の双方が共同で情報・コミュニケーションサービスのあり方を協議するという場がここにも生まれていることを嬉しく思う。次の方々と話し合う機会を得た。

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2008年7月4日 金曜日 ・ 本学学生が秋葉原無差別殺傷事件の被害者救護活動で表彰

【西村博章君】は保健科学部保健科学科で理学療法学を専攻する2年次生で、学生会の会長でもある。たまたま秋葉原の無差別殺傷事件の現場に遭遇した。6月8日の事件当日は都内で開催された第11回日本臨床救急医学会総会・学術集会に参加し筑波への帰路にあった。彼は視力障害が重くなる前、臨床工学技士(生命維持管理装置の操作及び保守点検を行う事を業とする医療機器の専門医療職種)として病院に勤務していた経歴もあり、現場で救急救護活動に飛び込んだわけである。

表彰の報告に来た西村博章君と

【この度】被害者の救護にあたった者に対して警視庁から感謝状が贈られ、西村博章君は馬場誠人万世橋署長から賞状を受け取った。その後の精神安定状態について私も気になっていたが元気を取り戻し、今日はこのことの報告に学長室を訪ねてくれたので労をねぎらった。
(写真:表彰の報告に来た西村博章君と)

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2008年7月3日 木曜日 ・ 文科省の永山賀久課長(国立大学法人支援課)が本学を視察 ・ 難聴児親の会向けオープンキャンパス

【文科省高等教育局】の国立大学法人支援課には、その課名どおり国立大学法人の運営を大きく支えていただいている。本学の法人化を通じた改革や4年制化もこの課の支援なくしては実現できなかったものである。永山賀久課長に本学を視察していただく機会が得られたのでご案内した。中山由己専門職にも障害者高等教育の現場を見ていただいた。

【全国難聴児を持つ親の会】を通じて、本学を1泊2日で自由に見学していただく「キャンパスご招待」の案内をした。第1回目には高知から2名の方の申込みがあり、6月25日〜26日に実施した。今回は宮城県、石川県、名古屋大阪、愛媛県の親の会の方々にお出でいただいた。次回は7月17日〜18日の予定であるが、福島県、佐賀県などまだ3名の親御さんからしか申込みをいただいていない状況である。私自身が無理を言って提案し予算確保した企画であるが、親の会からも筑波技術大学は見放されてしまったのかと多少気落ちしているところである。全国各地どんな遠方からでも訪問していただけるようお待ちしているので、ぜひこの機会を有効に活用いただきたい。

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2008年7月1日 火曜日 ・ 保健管理センターに担当医(教授)を採用

【保健管理センター】の2名の医師(教授)が一身上の都合により退職したことに伴い、学生・教職員に対する保健管理の在り方を見直さざるを得なくなった。今年4月からはセンター長に一幡良利教授を指名し、保健科学部に所属する医師免許のある教員全員に保健管理センター業務の応援をお願するという体制で臨んできた。

【人事委員会】を立ち上げ医師の公募と候補者選考を行い、先月の教育研究評議会における投票の結果、平山暁先生(内科医)を7月1日付で保健管理センターを担当する教授として採用することが決定した。本日、辞令を交付した。

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