触覚情報伝達
画像、音響、振動などさまざまなメディアで表現される感覚情報を五感に提示する技術は、マルチモーダル・コミュニケーションや仮想現実という新技術を実現するために必要になってきた。また、目で見たり、耳で聞いたりする情報を別の感覚系から伝えようとする感覚代行技術にとっても必要なことである。こうした技術を実現するための視覚ディスプレイや聴覚ディスプレイの普及は目覚しいものである。
一方、視・聴覚以外の感覚系にアクセスする技術はやっとわれわれの視野に入ってきた。その中で、触覚系にアクセスする技術は意外に知られてい。しかし、感覚代行という分野で20年も前から手がけられ、現在では多くの専門的技術が確立されるようになってきた。別の感覚系から情報を伝えるという意味から、そこでは、感覚情報の伝達経路に注目する。すなわち、人間に伝わる視覚情報は眼から、また、聴覚情報は耳から伝わるのが一般的であが、これらの情報を触覚などの感覚系から伝える。
感覚代行を実用化することはそんなに簡単なことではない。それは、人間の感覚間にはそれぞれ特殊性と共通性が存在し、触覚特性が視覚や聴覚の特性と同一とは言い切れないためである。さらに、人間が対象を認知する場合、その多くは複数の感覚を同時に働かすのが一般的であり、そこには感覚間の相互作用が成立していることにも注目すべきである。
図に示すように感覚情報の伝達経路はいくつかに区別することができる。
第1は本来の感覚系にそのままアクセスして情報を伝達する経路である。感覚系が正常に機能する場合にこの経路をとる。
第2は本来の感覚系を拡大するための経路である。感覚機能の拡大器には視覚系にアクセスするものとして、遠くのものを見る望遠鏡や微細なものを見る顕微鏡、聴覚系については遠くのものを聞くソナーや小さな音を聞く聴診器などがある。
第3は前2項と同様に本来の感覚系にアクセスするものの中で、感覚機能が低下した場合にとられる感覚系を補助するための経路である。感覚機能の補助器としては、視覚系については眼鏡や拡大投影器、聴覚系については補聴器などがある。
第4は本来の感覚系とは別に視覚伝達のためには触覚や聴覚を、聴覚伝達のためには触覚や視覚を代替利用する経路である。この情報伝達経路を確立するために感覚代行器が必要となる。
一方、人工臓器の考え方から第3の情報伝達経路を確立するものがある。視覚系については人工的な角膜や水晶体が、聴覚系については人工中耳や人工内耳が研究開発されている。さらに、人工網膜の役割を果たすものとして、大脳視覚野に複数の極微電極を埋め込み、そこに電気刺激を伝えて閃光を感じさせるという研究も試みられている。
感覚系の共通性と特殊性
視覚や聴覚、触覚は時間的に変化する情報を認知したり、空間的に離れた箇所の情報を認知したりすることが可能であるという意味で時空間情報処理という点で共通性をもつ。しかし、本来、視覚は光情報を、聴覚は音響情報を認知するという意味では質的に異なる情報処理を行うという意味では特殊性がある。また、信号の時間分解能や空間分解能の点でも相違を示す。
ここで、時空間信号を共通的に処理できるという視点から視覚、聴覚、触覚を1秒間あたりの伝達情報量という数値で比較すると以下のようになる。
視覚系 10**7 bit/s 聴覚系 10**4 bit/s 触覚系 10**2 bit/s
こうしたデータからも明らかなように、視・聴覚情報を原形まま代替感覚に提示するという方法で感覚代行器を実用化することには問題がある。
感覚間の相互作用
日常生活においては、五官は単独に機能して対象を認知するというよりはむしろ、相互に補完しあって機能しているのが一般的であろう。たとえば、物体を確認するのに眼で見た上で、叩いて耳で反響を聞いたり、指で触ったりして概要をつかみ詳細を認識する。すなわち、感覚間の相互作用に依存している面がある。あるいは、これかごく当たり前の情報認知方法であろう。感覚代行においては、どれかの感覚系に障害がある人が利用するため、こうした認知方法はうまくできないかもしれないが、複数の感覚系に情報を代替提示することによって実用性を高めるという方式も考えられ、今後、有望な方法でもある。