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携帯電話を活用した聴覚障がい者向け
『モバイル型遠隔情報保障システム』の導入実験
~誰もがより快適に学べ、働ける環境作りを目指して~

 本プロジェクトでは、聴覚障がい利用者・情報保障者それぞれの視点からシステムの評価を得るために、アンケートを実施しました。それらを統計的に解析した結果を報告しています。国立大学法人 筑波技術大学、ソフトバンクモバイル株式会社、NPO法人 長野サマライズ・センター、国立大学法人 群馬大学、国立大学法人 東京大学先端科学技術研究センター、MCC HubneTの6者は、2009年3月から2010年3月まで、聴覚に障がいをお持ちの方を対象とした『モバイル型遠隔情報保障システム』の実用化と普及を目指し、企業や教育機関など、実際に使用が想定される環境下において、導入実験を実施しました。(※1)

 本取り組みの間、様々な環境下において100回以上の導入実験を実施することができました。その結果、体験して頂いた方々からのヒアリングやアンケートによって、本報告をまとめることができました。御参加・御協力頂いた皆様に感謝致します。更に、情報保障モニターを募集し、情報保障の担い手である日本各地の団体に実機を使っていただく機会を設けることもできました。
写真1 iPhone(左)とBluetoothマイク(右)

 聴覚に障がいのある方が学校の授業などを受ける際に、2~4名の通訳者が同席し、連携しながら話者(教員など)の発話した音声を要約しながら字幕化する手法があります。この手法を一般に「パソコン要約筆記」または「パソコンノートテイク」と呼びます。字幕化された情報は、パソコン画面やプロジェクタ画面に表示して、聴覚に障がいのある方に見てもらいます。このような方法で、話者の音声を聴覚に障がいのある方にも理解して貰います。

 本プロジェクトで提案した『モバイル型遠隔情報保障システム』は、聴覚に障がいのある方が学校の授業などを受ける際に、携帯電話を使って「パソコン要約筆記」を遠隔で行うためのシステムです。利用者である聴覚障がい者側の機材を極力小型で軽く、そして少ない機材で実現しています。具体的には、利用者側での必要機材はiPhone 3G/3GS 1台と、話者用マイクとして利用するBluetoothマイクスピーカ1個のみです(写真1参照)。これらの機材はCDケース2枚を重ねた大きさに納まる程度ですので、非常に持ち運びに適しています。このようにコンパクトにシステムを構成できる主たる理由は、携帯電話iPhoneには、話者の音声を遠隔地にいる情報保障団体の携帯電話へ伝える普通の「音声通話」機能と、付属のウェブブラウザを使った字幕データ取得および更新を行うための「パケット通信」が同時に実施できるという機能があるからです。

  図1 『モバイル型遠隔情報保障システム』システム構成概略

<システム概要>
 本システムの概略図を図1に示します。教員などの話者にはBluetoothマイクスピーカを持って頂き、字幕を御覧頂く聴覚に障がいのある方にはiPhoneを持って頂きます。このiPhone 3G/3GSと情報保障者側の携帯電話の、一方からもう一方に電話をかけ、音声通話状態にします。ここまでで、話者の音声が情報保障者側に伝わる仕組みが出来上がります。
 次に、情報保障者側が、話者の音声を聞き取り、それを字幕化します。字幕化されたデータは、情報保障者側のパソコンに送られます。このパソコンにはウェブサーバ機能が与えられています。このパソコンに対して、聴覚に障がいのある方に持って頂いているiPhone付属のウェブブラウザSafariから字幕データを取得し、表示します。このような情報の流れでシステムを実現しています。(※2)

 このように、聴覚に障がいのある方と話者に1つずつ機器を持って頂くだけで済む訳です。こうした簡略化のおかげで、人為的なミスも最小限で済むことでしょう。また、小中学校での実証実験により、利用者である聴覚に障がいのある児童・生徒と教員で、準備作業を10分以内に済ませることができることが分かっています。授業の合間の休み時間内に、しかも技術スタッフなどの特別な知識のある担当者が立ち会う必要もなく準備ができるという点は、大きなメリットであると言えるでしょう。

<移動を伴う情報保障>
 詳細に関しては後述致しますが、本システムは、美術館や博物館などの案内人付きの見学や工場見学、屋外を移動する必要のある遠足、そして屋内でも場所を移動しながら説明を受ける必要のある実習のような状況下での利用が、最も適しています。「移動を伴う」状況下というのが、キーワードと言えるでしょう。また、それ以外にも、初等中等教育現場での聴覚に障がいのある児童・生徒に対する心理的な配慮や、情報保障者のシェアのための活用など、様々な用途で利益をもたらす可能性もあります。

<通信コストについて>
 実運用時には携帯電話の月々の通信費用も無視することができません。いくら利点の多いシステムと言えども、ランニングコストが高すぎると持続的な運用に耐えられないことでしょう。本システムでは通信コストを少しでも抑えることを目標として、ソフトバンクモバイルが提供している「ホワイトプラン」や「パケット定額制」というサービスを併用しています。このサービスの利用によって、基本使用料は必要ですが従量制サービスではありませんので、情報保障を実施すればするほど通信コストがかかるという状況を回避しています(情報保障団体側もソフトバンクモバイルの携帯電話を使用する必要があります)。すなわち、1月に支払う通信費用は定額以上の金額を見込む必要はなくなります。

 このように、手軽でコスト的にも最小限とするための各種条件を満たすために、字幕化のための情報源としては現在のところ「話者の音声」のみであり、利用者側の映像を情報保障者側に送ることができません。また、電波状態によっては字幕表示までの時間遅延がある程度発生する場合もあることがわかっています。しかしながら、従来はシステム的にも、人員的にも手軽に実施できなかった「遠隔」による情報保障が、本システムによって実施できるようになりました。現地で字幕化の作業を実施するパソコン要約筆記のような既存の手法と本システムは、利用したい環境に応じて適した手法を選択されるべきでしょう。

 本報告では、様々な状況下で本システムを利用した情報保障者から得られたアンケートの結果や、本システムを体験して頂いた聴覚に障がいのある方々から得られたアンケートの結果に基づいて、統計的な報告を行っております。更に、統計的なデータのみでは伝わりづらい現場の状況や反応を、事例報告として幾つか挙げております。また、具体的なシステムの構築が出来るように技術的な資料も同時に提供致します。

 本報告が、現在情報保障に取り組んでおられる方々やこれから取り組もうとお考えの方々の、選択の一助になれば幸いです。

国立大学法人 筑波技術大学
障害者高等教育研究支援センター

准教授 三好茂樹(プロジェクト代表)

2010年5月31日

※1 本試みは、2008年度に長野サマライズ・センターがソフトバンクモバイル助成金を得て開始した単年度プロジェクトから派生しております。このプロジェクトで筑波技術大学が技術的な支援を行い、本プロジェクトの前身となるシステム構成を発案しました。長野サマライズ・センターと筑波技術大学は、そのシステムの導入実験を行いました。
※2 本システムの発案は筑波技術大学の三好准教授と群馬大学の金澤准教授が行い、具体的なシステム構築および機器選定は三好准教授が行いました。

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