ここから本文です

『モバイル型遠隔情報保障システム』の
向き不向き、そして利用者側での
機器セッティングなどに関して~本システムの運用を経験した情報保障者に関する
アンケートの解析結果から~

 本プロジェクトは2009年3月から開始し、小学校、中学校、高等学校、大学、そして企業など様々な場所や利用環境下で導入実験を実施してきました。これらの導入実験で情報保障を担当した情報保障者17名に対して、プロジェクトが10ヶ月程経過した時点で、アンケートを実施しました。この目的は、本システムがどのような状況での利用に向いているのか、また、専門的な知識がない利用者(聴覚に障がいのある方と教員等の話者)でも限られた時間内で通信機器の接続や設定を容易にできるかということなどに関して、調査をすることです。

 情報保障者には、報告の後半で触れる各事例報告のような様々な状況下で本システムを利用してもらいました。その結果、「屋外・屋内問わず移動を伴う状況下」での利用が効果的であろうという評価が得られました。また、初等・中等教育の聴覚障がい児童・生徒に対する「心理的な配慮」の観点から情報保障を行う場合にも適しているという評価も得られました。「心理的な配慮」とは、大人である情報保障者が教室内などに入ることによって、聴覚障がい児童・生徒が心理的なストレスを感じてしまうことに対する配慮のことを言います。このような状況下で、本システムが最も適しているという評価が得られました。情報保障者側の感想としては、校外で行われる社会見学や修学旅行など、校内では避難訓練やプール実習、そして校庭内での授業など、従来の方法では実施できなかった状況下、そして移動しながらコミュニケーションが必要な局面での利用も可能になったのという意見が多くありました。

イラスト 工場見学
 これらに次いで、「セキュリティ上の問題などによって有線および無線LANなどの既設のインフラの利用が難しい、または設備が期待できないような環境下」でも、高速通信が可能な3G通信網を利用し、既設のインフラを利用しなくて良い本システムは有効であろうという評価を得ることができました。例えば、企業内での利用が、それに該当する可能性が高いでしょう。

 一方、既存の手法(情報保障者が講義室内に入ることができる通常のパソコン要約筆記が実施可能な状況下)との比較では、本システムは字幕表示までのタイムラグがある程度発生することがあるため、あまり利用をお勧めできないと想定しておりました。

 しかし、情報保障者からは以下のような感想もあがりました。「入力者側としては現場間の距離の制約がなくなるため、現場の掛け持ち(午前中と午後の場所が遠いなど)が容易になると思う。」という意見や、「単純に情報保障者が不足している地域で容易に利用できる。」という意見もありました。その一方で、「情報保障者の移動時間に関しては有効ではあると思うが、同席しての支援が可能なのであれば同席した方が良い。通訳する上で現場に入る事が可能ならば、その方が周囲の状況を把握することが容易であるために、正しい情報を伝えられる。」という意見もありました。既存のシステムで実施できるような状況の場合では、前述のような要因などで、本システムを選択するという状況もあり得ることでしょう。

 また、実際に現場に出向いて実施する場合であっても、話者の音声が聞き取りづらいほど距離が離れているというようなケースもあります。このような場合には、ワイヤレスマイクロホン代わりに本システムの音声通話機能を利用するという使い方もできるであろうという感想や、物理的に表示器などを配置できない場合も有効であるという意見もありました.。

イラスト 入力者 今回のアンケートでは、情報保障者に対しては情報保障のしやすさに関する質問もしました。本システムでは利用者側の「映像」を伝える機能を付加していないため、このことに関して実施上、ストレスを感じるかという質問に対して、75%の方が「感じる」と答えています。その理由は、話者の発話内容に含まれる指示代名詞の置き換え作業の困難さや、無音時の教室側の状況が分からない(システムトラブルなのか、生徒の回答を待っているのか)という問題もあります。対処方法としては明確に聞こえないということを、あらかじめ取り決めた特定の書式で報告し、可能であれば教室側で改善してもらいたい、という意見もありました。指示代名詞に関しては、文脈からの補いを心がけ、できない場合にはそのまま提示するという意見が複数ありました。このような困難があることを前提として、例えば、発話者側の音が聞き取れない、またははっきり聞こえない場合には、「(音が聞き取れない)」、「(音が途切れている)」などのメッセージを利用者のiPhone 3G/3GSを介して表示させ、話者や聴覚に障がいのある方に伝えるというような、現場でのルール作りを行うことである程度対応することもできるでしょう。

 次に、情報保障者側や利用者側で遠隔情報保障を実施する際に、必要な機器類の接続・設定を実施できるかどうかという点に関する質問を行ないました。これは実運用上避けられない問題であり、情報保障者側および利用者側にそれぞれ高度な専門的知識を持った担当者がいないと実施できないのでは、それだけで多くの人的なコストが必要になってしまうからです。手軽さも削がれることでしょう。

 結果を見ると、情報保障者側には、専門という程ではないがシステムについて知識のある者(情報保障者側のスタッフなど)が必要と回答した方が多数いました。一方、利用者側の機材準備に関わった経験のある方は7名おり、その方々に機材準備の難容度に関して質問したところ、細かな設定などはコツを掴む必要があるようですが、全員が簡単であると答えています。更に、初回30分程度の説明で、それ以降は、(年齢などにもよるでしょうが)大学での一例では、講義担当教員1名と聴覚に障がいのある学生1名で、10分間で準備ができるという回答もありました。小学校での導入実験では、普段情報保障に対して受身であった児童が、これらの準備作業を通して自分自身に対する情報保障に対して積極性が現れたというような副次的効果も報告されております。

 このように、すべての状況下において既存の手法に勝るわけではありませんが、既存の手法では対応できない、あるいは対応しづらい状況下での利用が期待できるシステムであると言えるでしょう。更に、利用者側の機器セッティングも容易であり、利用者側の人材、例えば教員と聴覚に障がいのある学生だけで、しかも短時間で対応可能であることもわかりました。利用者側に情報保障者などの支援者がいない中での運用に適している点も、本システムの特徴と言えるでしょう。

国立大学法人 筑波技術大学
障害者高等教育研究支援センター

准教授 三好茂樹(プロジェクト代表)

2010年5月31日

本文はここまでです

ここからページ一覧です

ページ一覧はここまでです